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白衣のプロ

過去には、悲劇的な最後を遂げたジョン.F・ケネディ・ジュニアの妻となったカルバンクラインのプレスの女性がいました。 アメリカでもっとも魅力的な独身男性を射止めた女性として、彼女のファッションや動向はメディアにいつも追いかけられていました。
また確かに彼女の容姿は端麗で、そのポジションにふさわしいものでした。 このように、プレスの仕事の華やかな側面がメディアで取り上げられ、若い女性の注目を浴びるにつれて、「プレスになりたい」予備軍が増えてきたのです。
しかしながら、プレスとひとくちで言っても、企業によって任されている権限はさまざま広報部自体が新設ですから、まずコンタクトをすべき雑誌社の名簿作りからはじめなくてはなりません。 ファッションを主体としている女性誌や男性誌のページをめくり、編集長やなものでした。

デザイナーと同じ権限です。 ファッション業界のプレスと呼ばれる人たちが、いったい日々どのような仕事をしているのか、どのような人たちと出会い、会社でどんな権限を持っているのか、プレスの実態を一概に説明することはできません。
プレスの権限や役割は、会社によってさまざまであると同時に、やる人によってその仕事の幅や中身が変わる「人治的仕事」なのです。 E社の社長に「欧米には、デザイナーと同じ権限を持つプレスという仕事があるんだよ。
その仕事の担当者の多くは女性なんだ。 君もそれを目指したらどうだね」と言われた私。
「なんだかよく分からないが、どうもすごい仕事らしい」と、歳が若かったせいもあってよく考えもせずにその話に飛びついたのですが、初めての広報担当の仕事はとても原始的す編集担当者の住所、電話番号、ファックスなどを調べてのリスト作りからスタートしたので私のプレスのスタートに幸いしたのは、Eが扱っていたのが、イタリアのジョルジオ・アルマーニ、ミッソーニ、ジャンフランコ・フェレ、フランスのソニアリキエル、ジャンルイ・シェレルといった、素晴らしいブランドだということでした。 そのため、比較的門戸の固いファッションジャーナリストでも、アポイントを取れば熱心に私の話に耳を傾けてくれたのです。
現在のファッション界のプレスは、たいてい1ブランドに専任のプレス担当が付いて仕事いく毎日でした。 そしてアポイントを取ることに成功した編集者たちに会っては、ブランドの紹介をしました。
活動の中にはキャラバンといって、編集部に場所を確保してもらい、商品を持ち込んで商品説明をする場合もありました・電話、アポ取り、訪問、説明。 その繰り返しが続きました。
その一方で「貸し出し」と呼ばれる、スタイリストや編集の人たちへの対応も日常の仕事です。 すべてひとりでこなしていくうちに1年が過ぎ、春夏秋冬で一巡するファッション業界の動きを学びました。
教えてくれる人もいませんから、それこそ体当たりで仕事を覚えてをします。 しかし私の場合は、エルビス社全体の広報担当であり、個別のブランドの専任ではありませんでした。

そこで、これらのブランドを両手でひとまとめに抱いて、言葉は悪いですが、十把一絡げで仕事をしていたのです。 当然、仕事量としては大変なもので、毎日が戦争のようでした。
しかし、私が比較的早い段階においてファッションメディア界で名前を覚えてもらえたのは、このとき一度に5つもの超有名ブランドを扱ったおかげでした。 何しろ展示会やファッションショーなどに当たって、各ブランドごとに違った招待状やプレスリリースを出しても、差出人の名前やお問い合わせ先が全部同じ「プレス担当渡辺教子」なのですから。
ショーの入り口でお目当てのジャーナリストやスタイリストの人たちを首を長くして待っていると、編集界の貫禄マダムから「あら、このブランドもまた、あなたの担当なの?」と怪謡そうな顔をされて苦笑したものです。 この当時の私には「デザイナーと同じ権限を持つプレス」なんてあまりにも恐れ多いこと。
毎シーズン、目の覚めるような才能あふれるコレクションを発表してくるデザイナーのフェレやアルマーニに深い尊敬の念を持ち、彼らのコレクションのプレス担当になれた喜びを噛プレスの初歩「お貸し出し」み締めていました。 今から思うと、多感でちょっと頼りないプレスだったと思います。
ファッションプレスの最初の一歩は、ファッション誌の編集者やスタイリストからの貸し出し依頼への対応でしょう。 長いファッション業界で、私はこの仕事が大好きでした。
貸し出しに訪れる編集者やスタイリストは、みなチャーミングで個性的で素敵な人たちばかりでした。 年齢の近い人たちが多かったせいもあり、貸し出しの合間にファッションの話をしたり、自分の近況を報告しあったりしました。

基本的に人が好きという私の性格もあり、同年代のスタイリストの人たちとの会話はとても楽しかったものです。 というのもフリーでスタイリストをやっている、すなわち組織に所属せず、自分の腕だけでファッション誌や芸能人の専属スタイリストとして仕事をしている彼らは、若いながらも苦労人が多いのです。
そしてファッション界の先端で働いている彼らが、目の覚めるような個性的なファッションでプレスルームに登場してくれるのは、それこそ生きたファッションの勉強でした。 プレスの命は人脈といっても過言ではありません。
広告と違ってお金を介在させず、編集者やスタイリストとのコミュニケーションを図ることが使命ですから、人と会うのがメインの仕事です。 何も分からないままプレスとしてスタートした私は、名簿を作ると、「今週は扱っていたブランドがスーパーブランドでしたから、雑誌社を訪問してブランド説明や交渉をする場合の相手は、通常は編集長や副編集長やデスククラスの人、つまり当時の私には年上の人が大半です。
そうしたエライさんに冷や汗をかきながらプレゼンテーションする日々の中で、同年代の素敵なスタイリストや現場の編集者たちとゲラゲラ笑いながら、貸し出しの時間を過ごすのはとても愉快でした。 「また来るね」「ええ、ぜひいらしてください」と、若き日に現場で一緒に仕事をした多くの編集者は、今ではほとんどが編集長や副編集長になり、良きアドバイザーとなって私を助けてくれています。
この人とこの人に会う」と目標を決めました。 そして会うことのできた人たちの名前は赤鉛筆でチェックしていきました。
毎日、名刺入れをパンパンにして人と会い、自分の名刺を渡す一方で、いただいた名刺には日付を入れて、印象に残った先方の特徴を書き入れながら、どんどん知り合いを増やしていったのです。 このことが私にとってはとても新鮮でした。
明日はいったい誰に会えるだろう、アポイントの取れた人はどんな人だろう、と思いを馳せながらベッドにもぐりこみ、朝起きるとダッシュで会社に飛び出してゆく毎日でした。 次に、新たに社内の広告・宣伝を担当するようになると、宣伝費の管理の仕事が入ってきました。
ブランド別に会社の用意した広告宣伝予算をいかに効果的に使うか、新たなチャレンジがはじまりました。 通常プレス担当というと、お金を介在させず、フリーパブ(記事)を獲得するのが仕事です。
そして現在もファッションプレスは、フリーパブを獲得することだけを仕事にしているケースも多いでしょう。

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